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県指定文化財
藍染め甕場 風戸塚古墳 入定塚古墳
藍染め甕場
(平成8年8月20日)
所在地/益子町城内坂1
所有者/日下田 正
 建物内部の西側に梁で支えた空間を造り、土間に容積180gの常滑焼の藍甕を72個規則的に埋め、周囲を三和土と呼ばれる技法で固めている。4個の藍甕をひとつの単位とし、その中央に火床と称する穴を設け、藍の発酵建に必要な温度を保つために半年間オガクズやモミガラを燃やしている。72個の藍甕は200年間の使用にも堪え、しかも地震等による破損も見られず現在も藍の華を咲かせ続けている。
風戸塚古墳
(昭和29年9月7日)
所在地/益子町北中1697
所有者/萩原周矩
 小貝川左岸の微高地上で、国道294号の西側にあり、頂頭部は平坦な截頭円墳である。比較的大型の円墳であるが、周溝もはっきりせずまた墳端部は削平され墳頂部も変形が著しい。また葺石等は不明瞭で埴輪等の細片も見当たらない。
 主体部が未調査のため築造年代は不明であるが、古墳時代後期のものと思われる。
入定塚古墳
(昭和33年8月27日)
所在地/益子町大沢3518−28
所有者/円通寺
円通寺一切経塔の南西約50mに位置し、小貝川の東岸にあたり、八溝山地の一部をなす鶏足山魂の西側に立地する。小貝川の沖積地との比高差は約40mあり、樹木がなければ見晴らしのよい環境にある。昭和33年(1958)に県の史跡に指定された際には前方後円墳と考えられたが、その後の「栃木県史」には前方後方墳との記載がある。周溝や葺石、埴輪などは認められない。後方部と前方部の高さが同じであることや墳丘全体が平たく低く構えているところから、古墳時代後期の築造と思われるが、中期という説もある。

小宅古墳群 小宅古墳群 宇都宮家の墓所
小宅古墳群
(昭和34年11月27日)
所在地/益子町小宅
所有者/亀岡八幡宮
 国道123号の北側、亀岡八幡宮から青田地区にまたがり、小貝川の支流である小宅川の右岸丘陵上の平坦面及び南向きの緩斜面に立地する。前方後円墳6基、円墳29基、総数35基からなる古墳群で、内県指定は1号から18号墳までで(内1基はその後の調査で古墳ではないと確認)前方後円墳5基、円墳12基である。
宇都宮家の墓所
(昭和42年1月20日)
所在地/益子町上大羽941
所有者/益子町
 朝綱は地蔵院を創建してまもなく初代(宗円)2代(宗綱)の墓を築き、自らの墓も定めてこの地を宇都宮家の菩提所とする旨を一族郎党に宣言したという。初代宗円より33代正綱まで五輪塔29基、石碑3基、墓標1基がある。
 慶長2年(1597)10月13日宇都宮家が断絶後も大羽在住の家臣たちは仕官せず墓を見守り続け、今日に至っている。

西明寺境内 西明寺境内
西明寺境内
(昭和50年4月30日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
 楼門、三重塔、本堂内厨子(いずれも国指定)本堂、鐘楼、本堂厨子内仏像群8体、木造千手観音立像、木造千手観音坐像、木造閻魔大王坐像・両脇侍像、梵鐘、こうやまき、椎林叢(いずれも県指定)閻魔堂、大師堂(いずれも町指定)等の文化財がある。

西明寺の椎林叢 こうやまき 枝垂えごのき
西明寺の椎林叢
(昭和30年7月26日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
 本州福島県から琉球および済州島の暖帯にはえ、庭木として栽植する常緑高木。樹皮は縦に裂ける。葉は厚い革質、長さ5〜15p、裏面は淡褐色。花は晩春、雌雄同株、虫媒。果実は長さ1.5p位で総包の中に包まれ成熟すると3裂し食べられる。材は椎茸の台木、薪炭などに。<br>
 参道の階段の両側とその周辺にあり、目通り周囲2m以上のもの19本が指定を受けている。うっそうとした巨木の森が独特の雰囲気をかもし出している。
こうやまき
(昭和29年9月7日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
 本州福島県以南・四国・九州の山地にはえ、特に木曽地方、紀伊半島は有名。また、庭木として栽培される常緑高木。高さ30m、径1mになる。葉は厚く、二葉が側面で合着している。花は春。雄雌同株。和名は紀州高野山に多いことからこういう。樹皮はまきはだといって桶類の漏水止めに使われ、材も耐久性に強く風呂桶として最良。
 承元3年(1209)土御門天皇の御代宇都宮景房が本堂再建の記念として植えられたと伝えられて、北関東最大のものである。
枝垂えごのき
(昭和34年11月27日)
所在地/益子町山本1146
所有者/光明寺
 北海道から琉球および朝鮮・中国の温帯から亜熱帯に分布。山野の小川のふちなどにはえる落葉小高木。花は晩春、果皮にサポニンが含まれ洗濯や魚とりに使った。夏、枝端に蓮華状の白色の虫えいができる。芝居の「千代萩」に出てくるチシャノキは本種をいう。和名はえごいことによるという。別名ロクロギは材をロクロ細工に用いることからいう。
 昔、山本浅間山の崖っぷちにあったものを光明寺に移植したものと伝えられている。また本県はもとより全国的にも枝垂の形は珍種とされている。


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