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西明寺三重塔
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
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高館城主益子家宗の建立で、三層とも柱間が三間、初層間に・二層は和様尾垂木、三層は唐様、軒廻りは初層繁垂木、二・三層扇垂木、隅木は初層のみ和様、他は唐様、木割等の手法は優美でそれぞれの建築様式の特徴をよく表している。屋根は軒の出が深く、勾配や反りもきついがバランスのとれた安定したものである。相輪の材質は青銅で九輪の水煙が雲形の連続模様で、伏鉢に「天文七歳二月吉日」の銘がある。関東甲信越四古塔
ひとつである。 |
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西明寺楼門
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
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基礎を設け柱は三十二角造り。左右の側室は前後に区切られ、前室に金剛像・仁王像を安置している。背面腰組下蟇股は形態珍奇、彫刻手法、細部模様絵など精美である。柱間を飾る中備(箕束)、匂欄出組の唐様斗拱、頭貫木端の繰形彫刻は特徴のある渦形文様で室町時代の特徴をよく表している。 |
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西明寺本堂内厨子
(昭和37年6月21日)
所在地/益子町益子4469
所有者/西明寺
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唐様三手先組で柱間にも斗拱を備えた詰組である。軒廻りは二重扇垂木で特に茅負の反りは美しく、裏甲、屋根の目板打の具合は三重塔と同功で、木鼻の渦紋は楼門の頭貫によく似ている。外部は黒漆塗りで、柱上部の金襴卷や唐戸の菱形も特徴がある。 |
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地蔵院本堂
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町上大羽945−1
所有者/地蔵院
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側柱は角柱、内部は円柱、阿弥陀堂式の平面を構成する。柱間寸法8尺4分、斗拱は二手先組、つなぎ虹梁先を肘木に作りだし斗拱を組み込む。内陣格天井中央一部折上天井、花鳥、飛龍、鳳凰の彩色画が填められており、鏡板長押びわ材彩色仕上げ。来迎柱2本は後寄りに立て、前方に須弥壇を設け、春日厨子を安置する。春日厨子は鎌倉時代の作と見られ毛彫り金具等優雅である。 |
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綱神社本殿
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町上大羽2350
所有者/綱神社
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本殿身舎側面一間、正面三間、前面に三間の向拝を設ける。身舎内は円柱、内部は十六角柱、向拝は面取角柱、柱下に土台を廻している。斗拱は三斗組で両端は連三斗組、桁行の出組に皿斗を設け、大斗との高さを調整している。懸魚、向拝中柱上部の手挾、木鼻等素朴で雄健の風を示し、意匠技法とも室町時代の特色をよく表している。 |
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綱神社摂社大倉神社本殿
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町上大羽2350
所有者/綱神社
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身舎は一間四面、前面に一間の向拝を設ける。向拝柱は面取角柱、身舎は円柱で内部を八角作りにのままにしている。斗拱は三斗組で向拝中央に蟇股を備える。綱神社と同様に規模は小さいが室町時代の特徴をよく表している |
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円通寺表門
(昭和25年8月29日)
所在地/益子町大沢1770
所有者/円通寺
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中央の棟通し柱は径30pで、前後の柱はやや細く上下に棕をつけ、柱下には基盤を置いている。柱上は唐様三斗組で、大斗の下端に皿斗をつけ、肘木は笹繰付である。軒廻りは二重繁垂木で丸桁には手挾が組み込まれており破風板に繰形をつけ、懸魚は鰭付きの無形である。構造意匠は大胆、奇抜、独創的であり全体的には彫刻は流麗で特に海老虹梁はみごとで、室町時代の特色をよく表している。 |
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民芸陶器(縄文象嵌)
国指定重要無形文化財保持者(平成8年5月10日)
所在地/益子町益子4144−1
保持者/島岡達三
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島岡達三は濱田庄司に師事し、独立後組紐師であった父や李朝陶器の影響を受けた独特の技法である縄文象嵌を中心に作陶活動を行っている。それらは形成してまだ素地の柔らかいうちに表面に組紐を転がして縄文の紋様をを付ける。そして、その窪みに白い粘土を埋めて削り出すことによって、素地の黒と紋様の白との対照の美しさを出した技法である。
大正8年 東京に生まれる
昭和16年 東京工業大学窯業学科卒業
昭和21年 濱田庄司の門下に入る
昭和29年 築窯し独立した作家活動に入る
昭和37年 日本民藝館賞受賞
昭和55年 栃木県文化功労賞受賞
平成6年 平成5年度日本陶磁協会金賞受賞
平成8年 国指定重要無形文化財保持者
(人間国宝)に認定
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